日本酒なら4合、ワイン、紹興酒なら1本を毎日飲むといったら、女だてらの大酒豪とレッテルを張られてしまった私だが、酒歴を問われれば料理記者と同じく43年でしかない。第二次世界大戦以前は、女性が酒を飲んだりタバコを吸ったりすることは許されなかった。1923年生まれの私も、若いころは元旦のお屠蘇ぐらいしか口にしなかった。
主婦の友社に入社した55年、新入社員歓迎会で初めてビールを口にした。そのあと、同期の男性たちと生まれて初めてハイボールを飲んだが、3杯飲んでも酔わないし、色にも出ない。飲ませた連中は損したと悔しがっていたが、私の両親は泡盛の国、沖縄出身。アルコール代謝能力が遺伝的に優れていたようだ。
もっとも、失敗したこともある。1時間でハイボール7杯を飲んだあと目が回った。あれが二日酔いというものか、翌朝は新聞広告の「ウイスキー」という字を見るのも辛かった。なにも口にしないで飲んだのがいけなかったようだ。
そこで悟ったのは、酒は酔うためのものではなく、料理をおいしく味わうためのものだということ。必ず食べながら飲むようにしている。おかげで酒の味を知ってから、和洋中華を問わず料理の味の深さを知ることができた。さらに同好の志というか、酒を通じて多くの人と知り合いになった。焼酎文化の会、ワイン文化の会、もちろん日本酒愛好会もいくつかメンバーになっている。
酒を酌み交わす仲というが、酒は人間の本質を知るうえで不思議な力を持っている。「酒の上での間違い」などというのは<酒道>に反することだ。「酒知る味知る人を知る」というが、私の酒に対する賛歌である。
(岸朝子) |