• 料理と酒は夫婦の味 (1998/11/02)

 「こんな繊細な味わいの料理を食べるとき、なぜビールをのむんですか?」

 そう指摘したのは、『会議は踊る』の映画で知られるオーストリアの名宰相メッテルニヒ侯爵の曾孫に当たるプリンス・メッテルニヒだった。京都の菊乃井のカウンターで食事したときのことで、きりっと冷やした白ワインが日本料理によく合うことを知った。もう15年も前の経験だが、以来、日本料理には日本酒、フレンチにはワインといった呪縛から解放された。

 もっとも、最近はワインを出す日本料理店やすし屋も増えてきた。これには、ソムリエ世界チャンピオンの田崎真也さんがテレビで、目刺しやかば焼きに合うワインを紹介した功績は大きい。これが日本酒業界を刺激して、逆にフレンチやイタリアンに合う日本酒が続々と世に出てきた。甘みを抑えて酸味があるすっきりした味だ。

 牛肉を赤ワインに漬けて一晩おいてから煮込むブーフ・ブルギニヨンは、ブルゴーニュの赤ワインを使う。料理を食べるときのワインは当然ブルゴーニュの赤と決めていたが、最近はこの呪縛からも解き放たれた。ふくらみがあって値段が安いチリの赤ワインだって結構相性がよいのだ。

 酒と料理は夫婦のようだと思う。サンマの塩焼きに赤ワインを合わせる私を笑う人もいるが、「自分がよければすべてよし」の心境である。日本酒にしても、雪がちらつく新潟の居酒屋で鮭の焼浸しやのっぺを肴に飲む酒と、愛媛県松山の小料理屋で瀬戸内の魚介を肴に飲む酒は、新潟の力強さに対して松山の優しさといおうか、味わいが違う。中国料理や韓国料理にしても、紹興酒や真露が合うといったように、酒と料理はその風土が生んで育んだものとは思うが、呪縛を解いて好きに飲むのが一番だ。

(岸朝子)