20年近く前に初めてヨーロッパを訪れたときの話。ハンブルクやウィーンの劇場で、ロビーの売店にワインやシャンパンを売っているのに驚いた。幕あい、おしゃれをした紳士淑女がグラス片手に、楽しげに話し合っている風景は、一種のカルチャーショックでもあった。最近は日本の劇場でも見られるようになったが、当時はまだ、ワインなど売ってはいなかったからだ。
すてきな音楽に出会ったとき、その興奮をシャンパンやワインがなだめてくれると同時に、次の曲への期待も高まるというものだ。
音楽とワインはどちらも心を潤すもので、生きる喜びを与えてくれると私は信じている。「女が酒を飲むなんてとんでもない」といわれた大正に生まれ、ワインとのつきあいは料理記者歴と同じ40数年だが、クラシック音楽とのつきあいは60数年になる。
そこを見込まれたか、ポリグラム社の依頼で、「美味しゅうございます<ワインとクラシック><ワインとオペラ>」の2枚のCDを監修した。よく知られた曲の中から私が好きな曲をドイツ、オーストリア、イタリア、フランス、スペインとバランスよく選び、それに合わせて各国のワインを選ぶという面白い企画である。
バッハの「G線上のアリア」には、豊かに響くバイオリンの音色に合わせ、深みがあってまろやかなオーストリアの赤ワイン「サンローラン・アウシュテッヒ」を、聴いていると思わず踊りだしたくなるようなヴェルディの「乾杯の歌」には、イタリアの発泡ワイン「ガンチア・ロッソ・スプマンテ」を合わせるといったぐあい。
私が選んだワインと曲との出会いの正否は、CDを聴いてくださった方たちの審査による。恐ろしいことでございます。
(岸朝子) |